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村人紹介 小菅村を訪れるインターンの学生さんによるレポート

こすげのコンニャクはうまいだ(橋立 木下新造さん)

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小菅村では昭和40年代を盛りにコンニャク作りが衰退し始めている。その原因は価格低下と高齢化。

木下さんが暮らす橋立地区は、小菅村の象徴ともいえる急斜面を利用した掛け軸畑があります。耕すことすら容易ではない土地で、木下さんは今でも昔ながらの方法でコンニャクを栽培しています。

秋には大きなカゴを背負って山へ落ち葉を拾いに行き、春には肥料用のライ麦を刈り取り、その麦と落ち葉を畑に漉き込みます。昔からずっとこの方法で育てられたコンニャクは絶品だ!と木下さんはよく言います。

どうしてコンニャク畑でライ麦を育てるのか?

①麦は根が深く地中に入るので斜面を利用する畑では土が下へ落ちていくのを防ぐため

②茂ることにより雑草が生えるのを予防する

斜面を利用する橋立地区ならではのこの栽培方法は、実は木下さんが初めて導入したもので、いまや地区のほとんどの人がこの栽培法でコンニャクを育てています。

すべてが手作業でおこなわれ収穫するコンニャク芋を原料として、生産から加工・販売までを自分でおこなうことが木下さんのこだわり。

自分の山から伐り出した間伐材を薪にして、近くの沢水を沸かしてイモを茹で、奥様と一緒に丸くまるく形作られる木下さんのコンニャクは、市販のモノとは全然違います。

 

「一回食えばわかるだ、こすげのコンニャクのおいしさが」

 

自分のコンニャクに強い誇りとこだわりを持つ木下さん。

 

「じいさんやばあさんががんばって作っているコンニャク芋を買い取ってやれるようにするのが夢だ。そうすりゃ張り合いだって出るべ。やっぱこすげのコンニャクはうめーんだ」

長く小菅村の象徴とも言われる橋立地区の掛け軸畑は高齢化と共に、その景観を維持することが容易ではなくなってきていることも事実です。今もなお、そこでコンニャクを作り続けるのは木下さんよりも年上の、70代・80代くらいのおじいさんやおばあさん。

彼らがそこで今も小菅のコンニャクを守り続けていることへの敬意も込めて、木下さんは自分よりも年上の地区の方々が育てるイモを買い取ってコンニャクを作り、広めていきたい、彼らに作る張り合いを与えて一緒に取り組んでいきたいという夢を持っています。

昔からある小菅村の景観と味を、こだわりと誇りを持って守り伝え続ける木下さんの一言一言には重みと歴史を感じます。

(小菅村地域おこし協力隊 岡本)

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