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村人紹介 小菅村を訪れるインターンの学生さんによるレポート

神楽のつながり、次に伝える(小永田地区 舩木常男氏)

s-I-4.jpg小永田地区で、およそ130年前から始まった祭典では神楽の踊りを毎年披露している。その現場で神楽のことに最も詳しいのが舩木常男さんだ。舩木さんは神楽の踊りを18歳から始め、それから66歳頃まで毎年、踊り続けた。

 しかし、時代を経るごとに神楽に関わる人々は減っていった。かつては30歳以下の若い人が「大世話人」と呼ばれる役職に就き、お祭りの指揮をとっていた。しかし、人が減ったために昭和40年に神楽の保存会ができ、年齢に関係なく祭典の指揮に関わっていくことができるようになっていった。その保存会の中で、舩木さんは周りの人々に推薦されて16年間も保存会長を務めることになる。

 そんな舩木さんがなぜ神楽について詳しくなったのだろうか。実はかつて小永田神楽を覚えている人や記録している文書は散在しているような状況であった。それを見かねた舩木さんは文書を集め、お年寄りから聞き取りをすることにより、神楽の情報をまとめることにした。その作業を通して、舩木さんは全13幕ある小永田神楽の内容を細かく知った。それと同時に、現在、小永田神楽の伝承が、今でもきちんと伝わっているのは舩木さんの功績である。

 実は、舩木さんは脳出血による手術を受けたことがある。成功率の低い難しい手術であったが、見事に成功した。そんな舩木さんを村人は「常男さんはお神楽に熱心に取り組んでいたから、そのご利益のおかげで助かった」と表現している。そんな舩木さんは神楽のことになると夢中になり、たびたび家族などに迷惑をかけたという。

 そのように、舩木さんは神楽や祭典に対しての知識と熱意があるため、たびたび先生として教える立場になる。細かく踊り方を把握しているため、目の前で踊っている人の間違いにもすぐに気付く。教える対象は小永田地区の村人に止まらず、学者や学生にも及ぶ。教え方もとてもうまく、私の神楽や小永田祭典についての質問に対して、丁寧に解りやすく答えて頂いた。

 舩木さんにとって神楽とは何であろうか。その質問に対して舩木さんは「つながり」だと答えて下さった。先祖から子孫へと伝える「縦のつながり」。そして、同じ地区の仲間と力を合わせて行うことで生まれる「横のつながり」。神楽を通すことによって、そうした「つながり」ができると舩木さんは言う。その「つながり」は私自身も感じることができた。私は小菅村の人間ではないが、神楽や祭典を通すことによって、小永田地区の方々との「つながり」が生まれたと感じる。この「つながり」は神楽の存在が無ければ生まれなかったであろう。こうした人と人との「つながり」をこれからも生み出していくために、神楽は守っていかなければならない。そのためには、舩木さんのような神楽のスペシャリストが必要である。s-I-3.jpg

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